「なんで、あの時あんな選択をしたんだろう…」
そんなふうに後から振り返って、少しモヤっとした経験ってありませんか。
僕はあります。
しかも、けっこう何度も。
でも最近になってようやく気づいたんです。
選択の質って、“その瞬間の思考のクセ”にめちゃくちゃ左右されているってことに。
今日はその話を、少しだけ深掘りしてみたいと思います。
思考のクセに気づくと、
“本当はどう生きたいのか”という問いが自然と生まれます。
その問いの力については、
『“問い”を立てる力が人生を変える』でも書いています。
僕たちは「事実」じゃなくて「解釈」で生きている

営業の仕事をしていると、同じ出来事でも人によって反応が全然違う場面をよく見ます。
- クレームを「成長のチャンス」と捉える人
- クレームを「自分の価値が否定された」と感じる人
どちらが正しいとかじゃなくて、
“その人の思考のクセ”が、出来事の意味を決めているんですよね。
僕自身も、昔は「評価されるかどうか」が判断基準になっていた時期がありました。
だから、挑戦する前に勝手にブレーキを踏んでいたし、失敗すると必要以上に落ち込んでいました。
今振り返ると、あれは完全に“思考のクセ”でした。
思考のクセは「悪いもの」じゃない

クセって聞くと、なんとなく直したほうがいいものに思えますよね。
でも僕は、クセそのものが悪いとは思っていません。
クセって、これまでの経験や環境の中で身についた“生きるためのパターン”なんですよね。
だから、責める必要なんて全くない。
大事なのは、
「自分にはどんなクセがあるのか」を知っておくこと。
クセを知っているだけで、選択の幅が一気に広がります。
僕が気づいた“自分のクセ”の話

僕の場合、長い間「正解を探しにいくクセ」がありました。
体操競技を17年続けてきたこともあって、
“正しいフォーム”“正しい練習方法”みたいな世界で生きてきたんですよね。
その感覚をそのまま仕事や人生にも持ち込んでしまっていた。
- 正しいキャリア
- 正しい働き方
- 正しい生き方
そんなものを探して、ずっと迷っていた気がします。
でもある時ふと気づいたんです。
「あ、人生には“正解”なんてないんだ」って。
そこから、選択の仕方がガラッと変わりました。
僕が思考のクセに気づき、
選択を“自分軸”に戻せるようになった背景には、
自分の人生を取り戻したいという思いがありました。
その原点については、
『“自分の人生を取り戻す”と決めた日のこと』でも触れています。
クセを知ると、選択が“自分軸”に戻る

クセを知ると、
「今の判断って、クセで反応してるだけじゃない?」
と一度立ち止まれるようになります。
例えば僕の場合、
- “正解探しのクセ”が出てるな
- じゃあ今回は、あえて“自分がどうしたいか”で選んでみよう
こんなふうに、選択の軸を自分に戻せるようになりました。
これだけで、人生の方向性が少しずつ変わっていくんですよね。
大げさじゃなく、本当に。
思考のクセは「人生のハンドルの握り方」

クセを知るって、
自分の人生のハンドルをちゃんと握り直す作業に近いと思っています。
クセを知らないままだと、
気づかないうちにクセにハンドルを握られてしまう。
でも、クセを知っていれば、
「今はクセが運転してるな」と気づけるし、
「じゃあここからは自分が運転しよう」と切り替えられる。
その積み重ねが、
“自分の人生を取り戻す”ということなんじゃないかと、最近は思うんです。
最後に:クセは“敵”じゃなくて“相棒”

思考のクセって、敵にする必要はありません。
むしろ、うまく付き合えば頼もしい相棒になります。
クセを知る
↓
クセを責めない
↓
クセと距離を取る
↓
自分の選択を取り戻す
この流れができると、人生の選択が驚くほど軽く、自由になります。
僕自身、まだまだ道の途中ですが、
こうやって少しずつ“自分のクセ”と向き合いながら、
これからも Thinking-journal に書き残していこうと思います。
思考のクセを知るためには、
自分の考えを言語化して“見える化”することが大きな助けになります。
その理由については、
『Thinking-journal を始める理由:思考を言語化する力の重要性』でもまとめています。
今日も読んでいただき、ありがとうございました。
それではまた、次の記事でお会いしましょう。





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